







次いで、高橋是清別邸跡(建物は現存せず)の多摩川幼稚園を見てから、岡本三丁目の坂を上がりました。ここからは天気が良ければ富士山も見られるそうです(写真1)。
その後は、アルジェリア大使館~堂ヶ谷戸坂~わきみず公園~谷戸川の七之橋~聖ドミニコ学園~無名塾仲代劇堂(仲代達也邸)と進み、マンション敷地内にある旧武家屋敷門を見てから、小坂家住宅(瀬田4丁目広場、写真2)を見ました。小坂家住宅は昭和12年(1937年)の建築で、和洋折衷の造りが特徴です。実際に住んでいたときそのままの状態で保存されているようで、昔の丸っこい冷蔵庫やレコードプレーヤー、年季の入ったソファーがそのまま置かれていました。崖線の地形を上手く生かして作られた庭も見応えがありました。
次いで、隣にある下山稲荷社を見ました。下山稲荷の隣は現在は病院になっていますが、かつては清水家の屋敷だったそうで、その建物は今回の最後のほうで訪れた二子玉川公園に移築保存されているとのことです。その後は岩崎家墓域の明治時代に作られたドーム型墓地(写真3)、静嘉堂文庫(写真4)を見て、岡本八幡社~男坂、女坂と進みました。岡本八幡には、地元在住の松任谷正隆・由実夫妻が寄進した灯篭があります。その後は岡本公園に入り、渋谷へと続く上水道を通したトンネル跡の岡本隧道跡と古民家園(写真5)を見ました。
次いで、慈船寺~支流と思われる水路~野川水道橋~仙川河口(野川との合流点)~天神森橋を見てから野川を一旦離れ、今度は東急砧線跡を見ました。東急砧線は、玉電と呼ばれた東急の路面電車の一つで、二子玉川園と砧本村を結んでいました。まずはその終点の砧本村駅跡を見ました。駅跡は現在バスターミナルとなっていて、二子玉川駅とを結ぶバスが頻繁に発着しています。その後は砧線跡の道路を歩きながら、砧下浄水場を見ました。砧下浄水場内は通常非公開ですが、大正時代の建物が残っていて(写真6)、門越しに見えるこれもなかなか見応えがありました。
次いで、大蔵駅跡~東京都市大学グランド~吉沢橋~吉沢駅跡と進んでから野川を離れて多摩川沿いに出ました。吉沢橋には砧線の電車が描かれたレリーフや在りし日の砧線の風景を納めた写真が展示されていました。
多摩川に出てからは、新二子橋~兵庫島公園~多摩川、ドナウ川友好河川記念碑を見ました。ここに来るのは十数年ぶりですが、当時は兵庫島でもバーベキューができて、私もあるサークルで戸田恵梨香似の怖いお姉さんたちと一緒にバーベキューをやったことがあるのですが、いつの間にかバーベキュー禁止になっていました。
その後は二子橋で田園都市線を越えて、二子の渡し記念碑~梅澤濱夫記念館~多摩川の松原(写真7)と進み、第三京浜の橋の先で野川と多摩川の合流点を見ました。源流をスタートしてから4回に渡って行われた野川散歩は、終点の多摩川合流点を見たことでクライマックスを迎えました。
その後は二子玉川公園内にある旧清水邸(写真8)~旧玉川高校~ 二子玉川ライズ~エクイリプリオバーズモール~江戸道の碑~ライズショッピングセンターを見て終了となりました。
街歩き終了後は、二子玉川駅前の焼肉店にて打ち上げとなりました。歩いた後に食べる焼肉は美味しかったのは言うまでもありません。






















